2013年3月15日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第46回

ガキ大将みたいに慕っています

肥大化の町の"ほんやマ."
(埼玉県春日部市)



















もう、やめなくちゃといつも思う。
来年は5年生だし。でも、晴れた午後、
狭い3畳の部屋で机に向かっていると、
つい自転車を乗り回したくなる。
気分転換さ。ゆっくりペダルをこいで
散歩気分なのに、決まってハンドルは
一つの地点に向かってしまう。
ぼくが"ほんやマ."の会員になって2年
たつ。会員番号A-6、ということは、
ぼくより先にこの店に足を踏み入れた
子が5人しかいないということだ。
そして、Aは常連ということで、月に
1、2度しか顔出さないやつは、Bの
ハンコを押される。最近転校してきた
勝男はA-3050。彼もマンガ好きでは
ぼくに劣らないけど、こればっかりは
どうしようもない。

2013年3月8日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第45回

マンガに思いを入れる熱心さ

埼玉県春日部市にある団地横に「ほんやマ.」という
貸本屋がひっそりと建てられたのは2年前だ。
まだ24歳という田中雅規さんがはじめたのだが、
会員はいま約2,500人くらい。常時借りに来る子は
400人くらいという。1冊20円という、安値のうえ、
ここでは立ち読みがまったくの自由、というから
いまどき珍しい。
学校のある日は、登下校時がすごいラッシュに
なるが、夏休みはいつも3、4人が立ち読みに専念
しており、借り出していく子はつぎつぎと店に入り
帰っていく。昨年の夏休みには毎日立ち読みに
通った子(小学3年生)がいた。
「その子は今年は1回も来ませんね」。
家が転居したのか、ほかのやりたいことを昨年の
マンガと同じようにひたすらやっているに違いない、
と田中さんはその子の顔を思い浮かべるように
上を向いて笑った。
まだ全然読んでもいない新刊図書を売りに来て
小づかいをかせいで帰った子もいた。「きっと母親
が買ってきてくれた本なんでしょうね、ハハハ」
しかし、田中さんがいちばん印象に残っているのは、
小学3年生の子だ。その子は、「ダメおやじ」ばかりを
借り出すのである。15巻ほどしか置いてないのに、
この子の「ダメおやじ」借り出し冊数は50を超えている。
同じ巻を何回も読んでいたわけだ。



マンガは子どもにとってストーリーの内容を"理解する”
対象ではない。ひたすらまず”感じる”対象である。
それは子ども自身の生活の中でのうっ屈した苦しみ
のようなものかもしれないし、生きている楽しさで
あるときもあろう。
こうした「マンガというものが、読書という枠の外に
置かれているのはおかしい」というのは、同じ埼玉県
大宮市立漫画会館の清水徹さんである。この会館は
近代漫画に功績のあった北沢楽天を記念して47年に
建てられ、夏休みになると子どもたちの憩いの場と
なっている。市立としてはほかにない。清水さんは
3年前まで、小、中学校の校長さんであった。当時
マンガをよく知っていたわけではなく、むしろマンガ、
テレビが子どもによくないという考えがあったという。
漫画会館に来て、あまりに熱心にマンガを読む子ども
たちを見てびっくり。しかも実に静かなのだ。清水さんは、
子どもたちに好きな漫画家について聞いてみたり、
マンガについてよく話し合ってみたいと考えている。
清水さんのいう「マンガが読書の枠の外に置かれてきた」
状況は、逆説的に見るとマンガにとって幸福だったの
ではないか。「ダメおやじ」が読書のうちに入れられて、
内容理解だの、考える読書だのといわれて、読書指導
でもされていたら、あの子は50冊も借り出しただろうか。
心で感じるホンネの部分が、頭で考えさせられるタテマエ
にすりかえられるようなものである。


のびのび 1975年(昭和50年)掲載
(写真は、ほんやマ.のオリジナルに差し替えました。)


第44回に戻る⇔第46回につづく

2013年3月1日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第44回

子供たちの心のひろば

立ち読み歓迎の貸本屋
春日部の”ほんやマ.”

「おじちゃん、このほんかして」
読みたい本の見つかった子供は目を輝かして、
ふろやさんの番台のようなところに座っている
おじさんのところにやってきます。
「はじめて?」
「うん」
「それじゃ、ここに名前と住所を書いて」
「かんじでかくの」
「ひらがなでもいいよ」
「ほんやマ.」のおじさんとのやりとりが続きます。

おじさんの名は田中雅規。22歳の若者です。
昨年の10月に3年までいた大学をやめ、ここ
埼玉県春日部市大場で貸本屋をはじめました。
店の名前は、自分の名前の頭文字をとって
「ほんやマ.」。



毎日、200人位の子供達が、学校が終わると
ここに集ってきます。子供達は、狭い店に
ひしめきあいながら「ダメおやじ」「あしたのジョー」や、
SF小説などに読みふけっています。
ある立ち読み常習の子は日曜日に、朝来て、
昼は食事に帰り、午後また来て延々5時間も
立ち読みをしていくそうです。
「ほんやマ.」は立ち読みのできる店なのです。
「本をただ読みされたうえ手垢で汚され、そのうえ
立ち読みする子は図々しいのが多いときているから
営業妨害もはなはだしいけれど‥‥
うちに持って帰ると叱られる子もいるだろうし‥‥」
「ほんやマ.」では、20円~30円で1さつの本を
3日は借りられるのです。
子供達はお金がなくてもここにやってきます。
ある子供のおかあさんは、「ほんやマ.」に行って
いるなら安心だといっています。
でも彼を手伝っている母親の貞子さん(51)は
「ここに来ている子供達みんなが本を
借りてくれたら‥‥」とつぶやいていました。

彼は学生時代、全国の古本屋をまわって歩きました。
そして古本屋のおやじさんからいろいろ話しを聞いて
「一生やってもあきない仕事だ」
と思うようになったといいます。
それから2年、夜はビルの掃除、休みになると建具屋で
働くなどして、古本を買い集め準備してきたのです。
「漫画本1冊が、子供を変えることもある。漫画と
いうものを通して、一緒になって子供の心のひろば
をつくれたら‥‥」
店のまわりは、青い田んぼの田園風景が広がっています。
店のまわりには子供達の乗ってきた自転車が並び、
橋のランカンに腰をかけて本を読んでいる子もいます。
ここには町の本屋にはないなにかがあるようです。


商工新報 1974年(昭和49年)8月1日号掲載
(写真は、ほんやマ.のオリジナルに差し替えました。)


第43回に戻る⇔第45回につづく

2013年2月22日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第43回












はじめまして!
どんなことから書いて いいのかわからなくて すこしばかりあがっています。
会社の友達(辻井さんといって 私たちはみんな 修ちゃんと呼んでいます。)
修ちゃんから借りて ほんやマ.の本を読んでいます。
私は漫画が大好きで それに関するものはなんでも知りたくて 
修ちゃんと話している時 フトでた このほんやマ.のことが知りたくて 
無理いって ほんやマ.のほんを借りてしまいました。
これを読みながら思います。
私の小さい頃にも 近所に貸本屋さんがあって お金をにぎりしめて 
よく通ったものでした。今日は どんな本を読もうかと悩んだことを 
昨日のように覚えています。今では昔よりすこし お金持ちになったから 
好きな本を たくさん買うこともできますが 少ないおこづかいの中から 
借りて読んだ本は とてもうれしく また楽しい思い出のひとつです。
そして私のまわりから 貸本屋さんが無くなってから 
ずいぶんとたったような気がしてなりません。とっても残念です。
だからもし 私の知っている所にありさえすれば すぐ寄ってみたい
衝動にかられてなりません。だけど現実には 不思議なことに 近い所にないのです。
私はぜひほんやマ.の貸本屋さんに行ってみたいのです。
今でも読みそこねている たくさんの古い本を読んでみたいのです。
もちろん新しい本もですョ。

私の友人にも やはり漫画の大好きな友人がいて、2人してこんなことを話します。
「ほんやマ.にゆけば COMの古い本があるかもしれないね?」
「私 読みたい。昔の読んだことないもの。」
「なんとか 行きたいものねぇ」

最後になりましたが 私は22才。ある書店に勤めている女の子です。

     ☆     ☆

兵庫県に住む女の人からの便りです。
いつか きっと、ほんやマ.にいらっしゃい。


第42回に戻る⇔第44回につづく

2013年2月15日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第42回

いままで、これで買える小僧は、時々、こんな風にして
何も買わずに帰ってしまっていたのですから
「これいくら」
「10円。」
「かえないや」と。

ほんやマ.のおじさんも、はじめのうちは、5円しか持って
こなかったのかなと思って気にもしていませんでしたが、
ある時、チョコレートを持って、これいくらと聞かれて、
20円と答えた時、買えないやと言ってたのに、今度は、
ラーメンを持ってきたのです。50円のラーメンは買えない
なと思いながら、差し出された、左の手のひらを見ると、
なんと、50円玉が1個光っているではありませんか。
あれっと思いながらも、スプーンを渡して、その50円玉を
受け取ったことがあります。
ほんやマ.のおじさんには、だんだんわかってきました。
これで買える小僧の、お金に対する考え方が。

     ☆     ☆

これで買える小僧は、いまにも目を回して、ひっくり返り
そうです。あの日、これで買える小僧の、お金に対する
考え方は、すっかり変わってしまったのです。いままで
信じていた世界はガラガラと音をたてて、崩れ落ちて
いったのです。
これで買える小僧は、いつかおつり小僧になってゆきます。
おつり小僧にならずに、欲しい欲しい小僧になる子もいます。
そして、多くの子供たちが、そのどれにも属さずに、育って
ゆくと、貨幣のつくりあげた価値観、ものの値段が認められ、
お金の社会が維持されてゆくようになるのです。
ー100円玉というのはすごいんだ。10円玉10個と同じ
なんだもの。いつも使っているおもちゃじゃない、紙の
お金は、もっとすごいんだからー
ほら、今日もまた、おつり小僧がやってきました。










第41回に戻る⇔第43回につづく

2013年2月8日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第41回

ほんやマ.に着くと、もうカッくんたちがきていました。
「やあ、カッくんもきてたの」
ーさあて、何を買おうかな、あっ、新しいアクマイザー
のめんこがある。やったあー
「おじちゃん、これちょうだい」
「あいよ」
10円玉1個渡して、4枚1束になったアクマイザーの
めんこを買って、さて左手を開いてみると、おとうさん
がくれた100円玉が、1個ピカピカと光っています。
ーでもなあ、100円玉じゃ、プラモデルか、トランプしか
買えないもんな。でも、このアクマイザー欲しいなあ。
買いたいなあー
これで買える小僧は、思いきって、100円玉と
アクマイザーのめんこを、両手に別々に乗せて、
「おじちゃん、これでかえる」
「買えるよ」
「ほんと」
「うん ほんとだよ」
「だってこのめんこじゅうえんでしょ。ボクもってるの、
ひゃくえんだよ。」
「買えるよ。めんこ1つ買うなら、90円のおつりだ」
「えっ、おかねもらえるの」
「うん、100円玉1個と10円玉10個と同じだもの。
1つ10円のめんこなら、10個買えちゃう」
「ほんと」
「へぇー」
大変な驚きようです。地球がひっくり返ったような顔です。


第40回に戻る⇔第42回につづく

2013年2月1日金曜日

連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第40回

10円玉と50円玉と100円玉は、これで買える小僧に
とっては、まったく別個の、なんらつながりを持たない
お金なのです。ですから、50円のプラモデルを買うには、
50円玉がなくてはならないのです。たとえ100円玉を
握りしめていようと、プラモデル1つ買ったら、50円玉
1個おつりがくるなんて、思ってもみません。まして、
ふ菓子を1本買うのに、100円玉を出せば、50円玉
1個と10円玉4個、あわせて5個のお金が戻ってくる
なんて、信じられっこありません。

あの日、100円玉1個と10円玉1個持って、ほんやマ.に
行った日、ショックだった日。

いつもは、たいてい、10円玉1個か2個、おかあさん
からもらって、めんこかなんか買って帰るのですが、
その日は日曜日だったので、おとうさんがいて、特別
におこづかいをくれたのです。それが100円玉1個。
おかあさんにもらった10円と、あわせて、100円玉1個
と10円玉1個です。
(110円ではないのです。あくまで1個と1個)


第39回に戻る⇔第41回につづく

   令和8年( 2026年)新年明けましておめでとうございます。 街のふるほんや 本のある暮らし は 1月4日より営業開始いたします。 本年もよろしくお願いいたします。 本の寿命を考えたことがありますか? 大切に読めば、何年でも読めます。 本の中身も、何年経っても古びない、 流...