子供たちの心のひろば
立ち読み歓迎の貸本屋春日部の”ほんやマ.”
「おじちゃん、このほんかして」
読みたい本の見つかった子供は目を輝かして、
ふろやさんの番台のようなところに座っている
おじさんのところにやってきます。
「はじめて?」
「うん」
「それじゃ、ここに名前と住所を書いて」
「かんじでかくの」
「ひらがなでもいいよ」
「ほんやマ.」のおじさんとのやりとりが続きます。
おじさんの名は田中雅規。22歳の若者です。
昨年の10月に3年までいた大学をやめ、ここ
埼玉県春日部市大場で貸本屋をはじめました。
店の名前は、自分の名前の頭文字をとって
「ほんやマ.」。
毎日、200人位の子供達が、学校が終わると
ここに集ってきます。子供達は、狭い店に
ひしめきあいながら「ダメおやじ」「あしたのジョー」や、
SF小説などに読みふけっています。
ある立ち読み常習の子は日曜日に、朝来て、
昼は食事に帰り、午後また来て延々5時間も
立ち読みをしていくそうです。
「ほんやマ.」は立ち読みのできる店なのです。
「本をただ読みされたうえ手垢で汚され、そのうえ
立ち読みする子は図々しいのが多いときているから
営業妨害もはなはだしいけれど‥‥
うちに持って帰ると叱られる子もいるだろうし‥‥」
「ほんやマ.」では、20円~30円で1さつの本を
3日は借りられるのです。
子供達はお金がなくてもここにやってきます。
ある子供のおかあさんは、「ほんやマ.」に行って
いるなら安心だといっています。
でも彼を手伝っている母親の貞子さん(51)は
「ここに来ている子供達みんなが本を
借りてくれたら‥‥」とつぶやいていました。
彼は学生時代、全国の古本屋をまわって歩きました。
そして古本屋のおやじさんからいろいろ話しを聞いて
「一生やってもあきない仕事だ」
と思うようになったといいます。
それから2年、夜はビルの掃除、休みになると建具屋で
働くなどして、古本を買い集め準備してきたのです。
「漫画本1冊が、子供を変えることもある。漫画と
いうものを通して、一緒になって子供の心のひろば
をつくれたら‥‥」
店のまわりは、青い田んぼの田園風景が広がっています。
店のまわりには子供達の乗ってきた自転車が並び、
橋のランカンに腰をかけて本を読んでいる子もいます。
ここには町の本屋にはないなにかがあるようです。
商工新報 1974年(昭和49年)8月1日号掲載
(写真は、ほんやマ.のオリジナルに差し替えました。)
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