2013年3月29日金曜日
連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第48回
"ほんやマ."の兄さん、マーちゃんは
学生のころ、アルバイトでかせいでも、
みんなマンガに消えたと話してくれた
ことがある。勤めに行かなかったのも、
いつまでもマンガといたかったからと
いうのである。それほどだから、ぼくが
『侍ジャイアンツ』全16巻を、2時間半
スイスイとぶっとうしで読んでも怒らない
のだ。それに、マーちゃんはよく、
「みんなおとなしいな。ガキ大将は
いないのか」とからかうけど、ぼくたちが
マーちゃんを、というより"ほんやマ."を
ガキ大将みたいに慕っていることは
承知だと思う。
ここには、おつりをもらえることがうれし
くてやって来る"おつり小僧"や、1日に
何度もやって来て、そのたびに「ただいま」
という女の子や、100円では100円のもの
しか買えないと思っている"これで買える
小僧"たちがいっぱいいる。そんなチビ
たちも、いつかぼくたちのいる、この奥の
場所にやって来ると思う。だって、この
立ち読みのポーズはキマッテルはずだし、
なんといってもヤッテルゾという気分だからな。
とにもかくにも100円玉1枚(50円玉でも十分)あれば
十二分に楽しめて、そして現在失われつつある子供
の夢を大事に育て保ち続けていこうとする‥‥
そんな印象の残ったお店でした。
※ちなみに、会員番号Aは女の子(女性)で、
Bは男の子(男性)です。
文中のように常連の特別扱いはありません。
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2013年3月22日金曜日
連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第47回
転校生といえば多いな。衛星都市の
特徴と、社会科の時間に先生はいった
けど、団地が1つ建つたびに、東京の子
がクラスに入ってくる。今じゃ、クラスの
6割が東京っ子だ。最初、彼らはもの
珍しさから”ほんやマ.”をのぞく。マンモス
団地の谷間に、ポツンと縁日の小屋が
あるのが不思議というわけだ。
縁日の小屋?表からは、5円や10円の
駄菓子やおもちゃ、それに群がるチビ
たちしか見えないもの。
でも、一歩中に入ると‥‥、あ、いたいた、
勝男に富田。チラと目が合って「や」。
あいさつはそれっきり。短いほどいいのだ。
立ち読みのじゃまをしないことが、常連の
最低のエチケットである。声高にマンガに
ついてしゃべったり、女の子のうわさを
したりするのは、マンガに入門したての
はしゃぎ者やBランクのやることだ。常連
になるやつは、もちろんマンガが好きだ。
そのほかに、この雰囲気、本箱の林の間
の薄暗くて静かな場所を愛せる者でなく
てはならない。そんな連中が黙ってそば
にいる。これが自転車のハンドルをここに
向けてしまうのだ。
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2013年3月15日金曜日
連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第46回
ガキ大将みたいに慕っています
肥大化の町の"ほんやマ."
(埼玉県春日部市)
来年は5年生だし。でも、晴れた午後、
狭い3畳の部屋で机に向かっていると、
つい自転車を乗り回したくなる。
気分転換さ。ゆっくりペダルをこいで
散歩気分なのに、決まってハンドルは
一つの地点に向かってしまう。
ぼくが"ほんやマ."の会員になって2年
たつ。会員番号A-6、ということは、
ぼくより先にこの店に足を踏み入れた
子が5人しかいないということだ。
そして、Aは常連ということで、月に
1、2度しか顔出さないやつは、Bの
ハンコを押される。最近転校してきた
勝男はA-3050。彼もマンガ好きでは
ぼくに劣らないけど、こればっかりは
どうしようもない。
2013年3月8日金曜日
連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第45回
マンガに思いを入れる熱心さ
埼玉県春日部市にある団地横に「ほんやマ.」という
貸本屋がひっそりと建てられたのは2年前だ。
まだ24歳という田中雅規さんがはじめたのだが、
会員はいま約2,500人くらい。常時借りに来る子は
400人くらいという。1冊20円という、安値のうえ、
ここでは立ち読みがまったくの自由、というから
いまどき珍しい。
学校のある日は、登下校時がすごいラッシュに
なるが、夏休みはいつも3、4人が立ち読みに専念
しており、借り出していく子はつぎつぎと店に入り
帰っていく。昨年の夏休みには毎日立ち読みに
通った子(小学3年生)がいた。
「その子は今年は1回も来ませんね」。
家が転居したのか、ほかのやりたいことを昨年の
マンガと同じようにひたすらやっているに違いない、
と田中さんはその子の顔を思い浮かべるように
上を向いて笑った。
まだ全然読んでもいない新刊図書を売りに来て
小づかいをかせいで帰った子もいた。「きっと母親
が買ってきてくれた本なんでしょうね、ハハハ」
しかし、田中さんがいちばん印象に残っているのは、
小学3年生の子だ。その子は、「ダメおやじ」ばかりを
借り出すのである。15巻ほどしか置いてないのに、
この子の「ダメおやじ」借り出し冊数は50を超えている。
同じ巻を何回も読んでいたわけだ。
マンガは子どもにとってストーリーの内容を"理解する”
対象ではない。ひたすらまず”感じる”対象である。
それは子ども自身の生活の中でのうっ屈した苦しみ
のようなものかもしれないし、生きている楽しさで
あるときもあろう。
こうした「マンガというものが、読書という枠の外に
置かれているのはおかしい」というのは、同じ埼玉県
大宮市立漫画会館の清水徹さんである。この会館は
近代漫画に功績のあった北沢楽天を記念して47年に
建てられ、夏休みになると子どもたちの憩いの場と
なっている。市立としてはほかにない。清水さんは
3年前まで、小、中学校の校長さんであった。当時
マンガをよく知っていたわけではなく、むしろマンガ、
テレビが子どもによくないという考えがあったという。
漫画会館に来て、あまりに熱心にマンガを読む子ども
たちを見てびっくり。しかも実に静かなのだ。清水さんは、
子どもたちに好きな漫画家について聞いてみたり、
マンガについてよく話し合ってみたいと考えている。
清水さんのいう「マンガが読書の枠の外に置かれてきた」
状況は、逆説的に見るとマンガにとって幸福だったの
ではないか。「ダメおやじ」が読書のうちに入れられて、
内容理解だの、考える読書だのといわれて、読書指導
でもされていたら、あの子は50冊も借り出しただろうか。
心で感じるホンネの部分が、頭で考えさせられるタテマエ
にすりかえられるようなものである。
のびのび 1975年(昭和50年)掲載
(写真は、ほんやマ.のオリジナルに差し替えました。)
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2013年3月1日金曜日
連載シリーズ「ほんやマ.のほん」第44回
子供たちの心のひろば
立ち読み歓迎の貸本屋春日部の”ほんやマ.”
「おじちゃん、このほんかして」
読みたい本の見つかった子供は目を輝かして、
ふろやさんの番台のようなところに座っている
おじさんのところにやってきます。
「はじめて?」
「うん」
「それじゃ、ここに名前と住所を書いて」
「かんじでかくの」
「ひらがなでもいいよ」
「ほんやマ.」のおじさんとのやりとりが続きます。
おじさんの名は田中雅規。22歳の若者です。
昨年の10月に3年までいた大学をやめ、ここ
埼玉県春日部市大場で貸本屋をはじめました。
店の名前は、自分の名前の頭文字をとって
「ほんやマ.」。
毎日、200人位の子供達が、学校が終わると
ここに集ってきます。子供達は、狭い店に
ひしめきあいながら「ダメおやじ」「あしたのジョー」や、
SF小説などに読みふけっています。
ある立ち読み常習の子は日曜日に、朝来て、
昼は食事に帰り、午後また来て延々5時間も
立ち読みをしていくそうです。
「ほんやマ.」は立ち読みのできる店なのです。
「本をただ読みされたうえ手垢で汚され、そのうえ
立ち読みする子は図々しいのが多いときているから
営業妨害もはなはだしいけれど‥‥
うちに持って帰ると叱られる子もいるだろうし‥‥」
「ほんやマ.」では、20円~30円で1さつの本を
3日は借りられるのです。
子供達はお金がなくてもここにやってきます。
ある子供のおかあさんは、「ほんやマ.」に行って
いるなら安心だといっています。
でも彼を手伝っている母親の貞子さん(51)は
「ここに来ている子供達みんなが本を
借りてくれたら‥‥」とつぶやいていました。
彼は学生時代、全国の古本屋をまわって歩きました。
そして古本屋のおやじさんからいろいろ話しを聞いて
「一生やってもあきない仕事だ」
と思うようになったといいます。
それから2年、夜はビルの掃除、休みになると建具屋で
働くなどして、古本を買い集め準備してきたのです。
「漫画本1冊が、子供を変えることもある。漫画と
いうものを通して、一緒になって子供の心のひろば
をつくれたら‥‥」
店のまわりは、青い田んぼの田園風景が広がっています。
店のまわりには子供達の乗ってきた自転車が並び、
橋のランカンに腰をかけて本を読んでいる子もいます。
ここには町の本屋にはないなにかがあるようです。
商工新報 1974年(昭和49年)8月1日号掲載
(写真は、ほんやマ.のオリジナルに差し替えました。)
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